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2015年12月30日水曜日

皇帝ペンギンと渡邉尚について。

自分のショーの前日にジャグリングカンパニー「頭と口」の旗揚げ公演、MONOLITHを見にいきました。なんだかとっても気になったので感想を書きます。MONOLITHの感想というか、ほぼ渡邉尚さんについての感想です。

先日、「皇帝ペンギン」というドキュメンタリー映画を観ました。マイナス40℃、南極という過酷な環境の中で、皇帝ペンギンの生態を描いた傑作です。ただ可愛いだけではない、必死に生きる皇帝ペンギンの様子を圧倒的な映像美と演出で魅せる、素晴らしい映画でした。子育ての為に4ヶ月も何も食べずに卵を守り続ける皇帝ペンギンの姿を見ると、「生」というものを改めて考えざるを得ません。

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いや、何をいきなりペンギンの話をし始めたかっていうとですね、渡邉尚さんの演技を見ていて、「あ、この人はペンギンなんだ!」って思ったからです。

本人もそうですし、周りも既に言っているとは思うのですが、渡邉尚さんの演技は非常に退行的というか、人非ざるものを表現しているのですよ。で、それってすごくアート的だったりコンテンポラリー的だったりするのかなぁって思ったんですけども、なんかもう「ただペンギンを見ている」のと同じ気持ちだったんですよ。前述の皇帝ペンギンの映画を見ている時とほぼ同じ気持ち。ちょっとボール投げて首の所でキャッチしたりされると「わー!すごい!がんばった!尚がんばった!」みたいな気持ちになるんですよ。ちょっともうすごい。

普通例えばパフォーマーが同じ技を繰り返した時って、「ああ、さっきも見たな」って思うじゃないですか? でもこれが例えば動物とか赤ちゃんとかがちょっとした芸を何度も行っても見ている側として「すごい! もーいっかい! もーいっかいやって!」みたいな感じになるじゃないですか? もうね、その域。

いや、なんかジャグリング界隈だと「フロアジャグリングを発見した」とか「これまでの文脈に影響されていない」とか色々と専門的な考察がされているようなんですけども、僕ジャグリングに関しては何もわからないので、「ただただ可愛らしい生き物を見た」って感覚です。で、そのことが同じパフォーマンス界隈にいる僕にとって非常にショックです。まさかね、人が動物になる事でパフォーマンスにおける欠点のような部分を根こそぎ解決しちゃうだなんて!

パフォーマーが動物になれるなら、もう無敵ですよ。だってペンギンなんて正直ただ歩いているだけでずっと見てられますもん。ペンギンもですね、卵を温める為にオスとメスとの間で足でがんばって卵のキャッチボールとかするんですよ。で、うまくいかなくて卵割れちゃったりするんですけど。もうほんとそれを見ている気分。がんばれ! がんばれ! って思う。そこにあるのはもう芸とかパフォーマンスとかそんな事じゃないんですよ。その生物にとっての生きる事そのものです。

もう僕の中で渡邉さんは完全にペンギンです。というか今回感じた渡邉尚的なものを「ペンギン」と呼ぶ事に決定しました、個人的に。もう事あるごとに「君の演技にはペンギン度が足らない」とか言い出すと思います、これから。

いやはや素晴らしいものを見ました。非常に面白かったです。自分のショー前日だけど見に行ってよかった。