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2013年8月29日木曜日

ネガティブな職業選択。

具体的な統計があるわけではないのでなんとも言えないのですが、 経済が悪化して突然リストラされたり、企業が採用絞って就職出来る人が減れば減るほどに、 芸人とか芸術家とか役者とかそういう「とりあえず宣言してしまえばとりあえず格好がつく」肩書きの人が増えるのではないか、 と思います。


 自由競争、弱肉強食の世界でうまくやっていける人はそれでいいんでしょうけども、 参入障壁もないに等しく、プレイヤーの数だけがどんどんと増えていく世界で、 長期に渡りうまいことやっていくのはこれはもうかなり大変かと思います。


 本来であればそういった「憧れ職業」って、好きで好きでたまらなくて、 それに関する事なら努力を努力と思わない! っていう思いだから出来るわけで、 「他にやる事もないし、しょうがないか」で始めた人は、 たぶん好きで好きでたまらない人にはどうがんばったって勝ちようがないように思うのですよね。

 で、そういう人は「しょうがないから」価格競争をしてみたり、 適当な仕事をして顧客をその市場から追い出してしまったりと、 業界そのものにとってもよくない影響を与えてしまう。



 もちろんその「憧れ職業」に就いているくらいだから、 それなりにはその職業が好きなんでしょうけども、 そういう負のスパイラルに陥った時に、 それなりに好きなその職業を同程度好きでい続ける事が出来るのか、 ってなかなか微妙な問題ではあるように思います。


 それなり程度の好き具合なら、「憧れ職業」には就かない方が、 多分それを好きでい続けるような気がしますよね。




 それでもきっと、今後もっと増えていくんだろうなーそういう職業の人って。

2013年8月21日水曜日

『珍味』終演感想。

遅くなってしまいましたが、野島伸幸バラエティマジックショー『珍味』、無事終了しました。


旧友である野島さんが(出会い自体は手品関係でしたが、仲良くなったきっかけがテキストサイト界隈のオフ会というひどいいきさつ)、UGMにて一人で60分ショーをするという事で、それ用に演技を作るのを見ていて、

「これはUGMで一回やって終わらせるのはもったいない。そもそも野島は都民なんだから東京でもやらなきゃダメだろう。といってもこれ60分もあるしどっかでやらせてもらうっていってもなかなか難しいよなぁ・・・あ、そうだ! TMSでやっちゃわない?」

といきおいあまって誘ってしまったのが発端です。


そして新社会人としてのストレスで日々ズタボロになっていく裏方界の生徒会長にして僕の人生の弟子である山田君を巻き込み、『珍味』制作がスタートしました。


最初は野島氏が作ったものをただそのままやりゃあいいんじゃねーの? と軽い気持ちだったのですが、なんだか打ち合わせしていく段階で、野島氏が僕と一緒にやるコントを2本も用意し、山田君は「まあこの幕間は戸崎さんが繋げばいいんじゃないですか?」などと簡単に言い出し、野島伸幸ソロライブをやろうと思っていたのに気が付いたら、昔野島氏となんどかやった二人会『乱舞』と似たような感じになっていってしまいました。

ただ『乱舞』は「野島と戸崎がそれぞれ出来るマジックを精一杯やる」というコンセプトだったのですが、今回の『珍味』に関しては土台として野島ソロライブというコンセプトがあった為、僕は完全にサブにまわり、あくまで主役は野島であり、野島伸幸という人間を世間に見せたい、と思って作りました。そしてそれは結果的にある程度うまくいきましたし、『乱舞』よりもバランスの取れた、悪くないものができたように思います。


また、こういったイベントを「入場無料」で開催出来た事も今回の収穫であったように思います。まあ無料にする為にスポンサーである倉持氏から金やスパイダーをせびったり、「寿司食わすから受付手伝って!」と受付嬢を呼び出したり、お客さんとして参加表明した人をカメラマンにしてみたりと、ほうぼうに迷惑をかけたわけですが、それでも予算の範囲内でなんとかやるよりか、ある意味では伸び伸びと出来たように思います。

イベントを無料で開催する、という話だけで結構長く話せてしまうのでここでは割愛しますが、結果だけでいうと終了後投げ銭というか募金というかそういうものを募った事もあり、儲けは出ないまでもそこまでひどい赤字にもならず、少しほっとしています。これくらいであれば、また次も出来るなと。


『珍味』再演、という話もちらほらと出てきていますし、僕(TMS)としてはそれ以外の企画も色々と進めていきたいと思っています。ただまずは、今まで対談とか進行表制作とか一人読書会とかあまりにもニッチすぎる事をやってきたTMSが、ようやく少しまともな活動しだしたなぁと、なんだか感慨深い気持ちです。協力いただいた方、見にきてくれた方はもちろんですが、まずは野島氏に感謝です。


いやしかし、手前味噌ながら『珍味』やたら面白かったよ。若いマジシャンとか特に見た方がいい。自分で手品演じる人にとっては面白い、と同時に色々とショックだと思う。まあ見た方がいいっていっても僕がまた野島氏引っ張り出さなきゃ、見ようがないよなこれ・・・。


募金してくれた人に配ったTMS缶バッジ
(デザイン:缶バッジデザイナー 里一磨氏)


2013年8月20日火曜日

表現におけるメッセージ性なるものについて。

クリエーターが作品になんらかのメッセージ性を込める、というのはずいぶんとまあ大変な世の中になってしまったんじゃないかなぁ、などと最近思っています。

それはいわゆる「文学性」みたいなものなのかもしれませんが、多くの人が表現媒体と多くの時間を持ち、それなりの思想なんてものはそこいらに溢れかえってしまっている現代において、わざわざ伝えるべきメッセージなどというものを、思想家ではないクリエーターがはたして考えられるのだろうか、などと思ってしまいます。

また現代の思想家は同時に活動家でもなければならなくなってしまったようにも思います。自身が考えた思想が本当に正しいかどうかを自ら実証してみなければならない、身を持って体現しなければならない、そうでもしないと小難しい事考えているだけ、口ばっかり達者な奴、という風に思われてしまいます。

多くのクリエーターというものは、もともとその表現媒体が好きで好きでたまらないからクリエーターでいるわけで、でもそれが伝わらないから、そして少し物がわかってきたからといってそこに何らかのメッセージ性なるものを足し始める。でもそのメッセージ性は多くの場合、陳腐で、ありふれていて、つまらないものが多く、何も込めていなかった頃よりも安っぽく、わかりにくく、面白みがない。

そしてまことに世に評価されるものは、どちらかというと思想ありきで、表現媒体をただのツールとして使ったものであったりする。それはその表現媒体を愛してやまない人達にとっては不出来なアマチュア作品のように見える。即物的で、良いとこどりで、それなのになぜか話題に上る。



僕らみたいに歪んでるくらいに一つの表現媒体に拘ってる人間は、下手にメッセージ性とかわけわかんない事言ってないで、自分の好きなように、自分のものさしで計りながら、好きにやっていった方がいいよね、みたいな事を考えてます、最近。